マイ・レフトフット 難病にも絶対に負けない不屈の男の物語!

映画感想
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どうも、けんせです。

今回は、この作品を見る機会に恵まれまして、非常に面白かったのでお話していきます!それがこちら!

マイ・レフトフット

こちらはアイルランドの伝記映画!脳性小児麻痺の障害を抱えながらも、画家・作家・詩人として活躍したクリスティ・ブラウンの物語。主演のダニエル・デイ=ルイスの初のオスカー受賞作でもあります!

前から気になっていたのですが、DVDが中々手に入らず見れなかったのですが、今回遂に見ることが出来ました!その感想と、実際の彼についてお話していきます!どうぞ最後までお付き合いください!

あらすじ

1932年にアイルランド・ダブリンで22人兄弟の10番目に生まれたクリスティ・ブラウンは、生まれながらの重度の脳性小児麻痺により、立つことも話すこともできず唯一左足のみ、かろうじて動かすことができた。その後、絶え間ざる努力の末、やがて言語能力を取り戻し、わずかに動く左足を使い絵を描けるようになるまで成長していく。

この映画、どうだった?

★★★★★★★★

難病ものなのに可笑しくて笑えるド根性人生もの!

ダニエル・デイ=ルイスの演技は凄まじい!

この映画は、脳性小児麻痺の主人公なので、お涙頂戴の難病ものと思うかもしれません。しかし、全然泣くどころかもう可笑しくて仕方ない波乱万丈のド根性人生ものなんです!

負けない男、クリスティ・ブラウン

この映画は、アイルランドの実在の画家・作家・詩人であるクリスティ・ブラウン(1932~1981)の1954年の自伝小説「My Left Foot」を基に作られています。

映画は、クリスティが慈善会に招待されたときに、出番を待つ間に介護士として付いたメアリーに自著を読ませます。その自著で語られる昔の物語と現実が交互に語られていきます。

この自著の内容が、まあすごい。脳性小児麻痺と診断され、周りから腫物扱いされ、父親からは人間扱いすらされない中、唯一動かせる左足負けん気の強さから、のし上がっていくんです!

子供時代は声も出せず、実は家族の中で一番頭が良いながらも何もできなかった彼が、成長してサッカーまで出来るようになるんです!この負けん気の強さは異常。ボールは頭で止めて蹴ってくる脚に噛みつくは、その左足から放たれるボールは強烈で相手はビビっちゃうは…もう可笑しくって痛快です。

盗んどいて、この笑顔である(笑)

他にも、夜の灯りは石炭がもったいないと母に言われると兄弟で石炭盗みに行くわ、脳性麻痺の治療のため病院に行くと子供ばかりで拗ねるは、酒をたらふく飲むはで、痛快です!

最もすごかったのは父親の葬儀の後のパブでのシーン!父親をバカにされたクリスティは、ご自慢の左足で相手のグラスを蹴り上げ、「この店を破壊しろ!」と怒鳴ります。すると、兄弟は暴れまわり、クリスティも大暴れ!止めようとする人に親戚のおばちゃんがパンチ食らわしたのは可笑しすぎます!酒屋の親父はたまったもんじゃないけど、爆笑です!

そんな彼は、頭の中は女性のことだらけ!モテたくて、SEXしたくて様々な女性に言い寄ります。実際の原作も、この女のことについてが結構書かれているようです。確かに、22人も兄弟がいるってことは、ほぼずっとお母さん妊娠してますし、貧乏な家だったので、ソレは聞こえるし、兄弟がベッドで4人寝たりするってことは、アレもできないし、子供たちは一緒の部屋だったので、隣には姉妹がいますし…これは、大変でしょうね(笑)

しかし、現実はうまくいかず、女性にフラれ続けます。特に17歳の、ボトルスピンというゲームの時、クリスティにキスする女の子が「ゲッ」とするのは、酷いし悲しいです。また、恋した女医が婚約者がいるのに自分を「愛している」と言うと、「その愛はプラトニック・ラブってやつか!プラトンのクソ野郎!」と関係ないプラトンにもキれたりしてます。

難病ものであるが、聖人君子ではない

このように、いわゆる難病ものでありがちな、障害者を聖人や純粋な良きものとして一切扱っていないのが本作のポイントです。障害を持つ方々というのは、創作物だとどこか美化して無垢なものとかにされがちですが、実際はなぜこのように生まれたのかという怒りがあるとのこと。このように思っておけば、この難しい問題を普通と言われている人は考えずに済むからです。

日本でも乙武洋匡さんが、女好きでスケベだと言ってたのにみんなは無視し、スケベが露呈するとがっかりしたと酷い言われようでした。彼らのような人を聖人扱いしている我々の目を覚ましてくれる映画だとも言えます。

ダニエル・デイ=ルイスの名演技!

この映画でアカデミー賞主演俳優賞受賞した、ダニエル・デイ=ルイスの演技は必見です!

イ、イケメン…!

彼はその後、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」「リンカーン」でも受賞し、史上最多となる3度のアカデミー賞主演俳優賞の受賞者となりました。

今作でも、撮影中左足しかほとんど動かさなかったり、実際に左足でレコードや絵を描くようにしたりと、徹底した役作りがあります。しかも彼は、シーンとシーンの間のカットの際、役を抜くことを一切しなかったそうです。ずっとクリスティ・ブラウンで撮影中居続けたんです。そのせいで、電話に出ても脳性麻痺の喋り方だったので、マネージャーがえらく怒ってしまったそう(笑)

そんな彼が、個展の後のレストランでブチ切れるシーンは素晴らしい!「ありがとう」とセリフで感謝しつつも、めちゃくちゃに怒ってることがバシバシ伝わってくるだけでなく、注がれた酒を一気に飲み干したり、テーブルに何度も頭をぶつけたり、テーブルクロス引きをするなどの暴れっぷり!もう流石です!彼を見てるだけで、とにかく面白いんです!

そういえば、先に言ったようにこの映画は障害者を聖人のように扱っていないと書きましたが、この映画の冒頭からもそれが伝わってきます。

映画の最初は、クリスティがレコードをかけるシーンから始まるのですが、その時の彼の顔非常に怖いんです。キッと睨んでくる眼差しだけで、ウオッとなります。さらに彼が初めてセリフを発するのは、慈善会の会場となる大きなお屋敷に招かれた時。主賓に対して「立派なご拙宅ぢたくですね」と浴びせるんです。アイルランドの男としての負けん気なのかブラックジョークなのか、これだけで十分ただの難病ものじゃないぞと感じますね!

ちなみに、この映画の中で「ハムレット」がよく使われていましたが、あれはハムレットで一番有名なセリフ「To be,or not to be:that is the question=生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」の場面。ここはハムレットが遺産争いの際、狂人のフリをしているシーンの後の独白のようなセリフ。これを見たクリスティは「彼は芝居が下手だね」とギャグを飛ばしているんです。しかもやってるのバリバリ演技上手いダニエル・デイ=ルイスですから、なんというか、面白いですね。頭狂った役、超絶品ですからね。

これが証明!

彼を息子として尻を叩き続けた母

そして、この映画で最重要なのが、彼の母親であるブリジット・ブラウンです。

父親も含めクリスティを腫物扱いする中、母だけは常に一人の息子として接していました。クリスティをバカにする父に対し、「酒飲んでこい」とお金渡してキレられてるのもなんか可笑しかったです。その時、幼少のクリスティが初めて書いた文字が「MOTHER」なのも泣けますね。

彼が先生にフラれ自殺未遂をし、落ち込んで酒浸りになっても、彼を見捨てず彼の部屋を庭に作り出す。言動は荒くとも、彼を励ます。「あんたの足をくれるなら、私は喜んであたしの足をあげる」このセリフがグッときます。優しいながらもすさまじい肝っ玉母ちゃんです。

演じたブレンダ・フリッカーは同じくアカデミー賞助演女優賞受賞しました。ちなみに彼女は「ホーム・アローン2」のハトおばさんでおなじみですが、2012年破産したことをテレビで明かされました。

ここに注目して見て

ここからは、この映画にまつわる知識や、現在言われているある疑惑についてお話していきます。

アイルランド、こんなんなの?(笑)

この映画はアイルランドの映画で、監督のジム・シェリダンをはじめ、スタッフ・キャスト含めアイルランドの方が多くいます。

それにしては、アイルランドの事情をぶっちゃけすぎててなんだかおかしいです!この映画を見ると、アイルランドに対して変な印象を持っちゃいそうです(笑)

クリスティ・ブラウンの故郷、アイルランドのダブリンの街並み

まず貧乏。お金が無くて狭い家にギュウギュウでしたね。さらに子沢山。サッカーの時、ブラウン組と呼んでますから、ひょっとしたらサッカーチーム分いたのかも(笑)これはカトリックの教えが非常に強く、避妊しないことが挙げられます。カトリックなので、性に対して厳しいんです。兄弟がクリスティの籠にエロ本を隠してたのがバレて、クリスティが懺悔させられます(笑)性に厳しいせいで、クリスティはその後スケベになったのかもしれません。

さらに酒飲み!この映画、とにかくお酒のシーンが何度も出てきます。映画ラストもシャンパンでしたからね(笑)父親がパブで飲むとき、ビールともう一杯小さいの(ウイスキーのショット)が出てきますが、あれはアメリカではボイラーメーカーと言い、アル中の飲み方です(笑)マネしないように!

さらに負けず嫌い喧嘩好き!異常な負けず嫌いばかりで血気盛んです。クリスティもお父さんも負けず嫌いで喧嘩っ早いです。特に酒を飲んだ時とかにそうなってるので、お母さんに「お父さんに似て来たね」と言われる始末。酒場の乱闘も頷けます。

アイルランド、多分ですが、全部が全部こういうのじゃないですよ(笑)

実際のクリスティ・ブラウン

この映画は、実在のクリスティ・ブラウンをモデルにした伝記映画となっていますが、全部が全部真実ではありません。この映画だと、初めて彼を愛してくれたのは介護士のメアリー・カーということのなってますが、実は違います。

クリスティは28歳の時、この時すでに作家としても画家としても有名になっていて成功してるんですが、このとき彼のファンとなったアメリカ人人妻ベス・ムーアと知り合い、彼女のアメリカの家で住んだりしています。この時、性的関係もあったことが明らかになっています。

なぜ明らかになったかというと、クリスティが書いちゃったから。「Down All the Days」という小説含め、いくつかに書いているんです。周りも知っていて、公然の秘密と化していました。

しかも、この交際期間が1960年から1970年程と結構長い!結婚することになるメアリー・カーとは1972年に結婚するまで13年の交際を経てとのことなので、完全に二股です。クリスティ・ブラウンは、モテモテだったんです(笑)

クリスティ・ブラウンの死について

そんなクリスティ・ブラウンですが、1972年メアリー・カーと結婚後、1981年49歳で亡くなります。死因は、ラムチョップにある小骨が喉に詰まったことによる事故死と言われてます。

これを聞いて、不自然に思いませんか?メアリーは介護士のはず、いわばプロがそんなミスをするのか?と。

実はクリスティの死後、その遺体は検死が行われています。すると、体のあちこちに暴力を受けたと思われるアザが見つかっているんです。これによりクリスティの遺族は、メアリーが虐待の挙句ネグレクトをした結果事故死を引き起こしたとして争いが起きました。

このことについてまとめた本、ジョージナ・ハンブルトン著「Christy Brown:The Life That My Left Foot」が2007年に出ました。

これによるとメアリーは、バイセクシャルでアルコール依存症であり、クリスティに対して虐待を行っていたと記されています。クリスティはメアリーを愛していたと遺族が証言していますが、メアリーもまた、もしかするとクリスティの成功の富が目当てだったのかもしれません。

この切なく悲劇的な最期があったにもかかわらず、映画では触れられていません。一応この映画の段階では死後8年ほどしかたってないので、知ってる人しか知らなかったと思われます。ただ、監督は知っていたと思われるそうです。恐らく、映画化の時点ではメアリーが許さなかったのではないかと言われています。

現在では、詳細にまとめた本も出たことで、アイルランドの人はクリスティはメアリーによって死んでしまったと考えてる人が多くいるようです。

最後に

いかがでしたでしょうか?

今回はダニエル・デイ=ルイスのオスカー作品「マイ・レフトフット」についてお話ししました。

ダニエル・デイ=ルイスはこの作品の後、ジム・シェリダンといくつかの作品でタッグを組まれてます。そのあたりも見ていきたいですね。

あと、個人的に「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」が好きすぎるので、こちらももう一度見直してからお話しできればなと思います。

まだまだ厳しい状況は続きますが、焦らず腐らず飲み過ぎずにいきましょう。

それでは最後までご覧いただきありがとうございました!

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