メトロポリス 最高峰のアニメ映画!驚嘆すべき映像のSF作品!

勝手ながら映画解説
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どうも、けんせです。

今回は、先日見て非常にハマったこちらの映画についてお話します!それがこちら!

メトロポリス

こちらは2001年のアニメ映画1927年のSF古典映画メトロポリス」をもとに、1949年に発表された‘‘マンガの神様’’手塚治虫の「メトロポリス」が原作になっています。その原作を基に、マッドハウスが制作し、脚本を大本克洋、監督をりんたろうが手掛けた作品になります。製作期間は5年!総作画枚数は15万枚!製作費10億円!とてつもないアニメーション大作です!

前に少しこの映画の評価を見て気になっていて、アマプラのdアニメストアの対象作品だったのでこの機会に拝見しました!凄まじいアニメでしたね…もう大好きな作品になりました!

そこで今回は、この映画の感想と映画の少し解説、考察をしていきたいと思います!どうか最後までお付き合いください!

あらすじ

いつとも知れない未来。私立探偵のヒゲオヤジとケンイチ少年は、ある事件を追って、人間とロボットが共に暮らす超近代的な巨大都市国家「メトロポリス」へやってきた。生体を使った人造人間の開発で問題となり、国際指名手配になっているロートン博士を探すためだ。ところが、ロートンの秘密研究所が何者かに放火され、捜索中で現場近くにいたケンイチは、逃げ遅れた不思議な少女ティマを救った。記憶を無くしたのか「ワタシハ、ダレ…」そうつぶやくティマ。ロボットと人間の、そしてメトロポリスの運命が自分に託されていることを、ティマはまだ知らない…(手塚治虫 TEZUKA OSAMU OFFICIALより抜粋)

 

この映画、どうだった?

★★★★★★★★★

徹底的に書き込まれた絵!圧倒的に深い物語!カッコよすぎる音楽の使い方!凄まじく素晴らしい!

はっきし言って感動しました…!オープニングからエンディングまで凄まじく引き込まれました!何故これを今まで見てこなかったのか…!欲しい円盤がまた一つ増えました(笑)

ディティールをディティールで書きつぶす!凄まじい作画は圧巻!

この映画はマッドハウスというアニメスタジオが制作しています。この会社は沢山の作品を世に出していますが、今回の映画を見て最近見た「東京ゴッドファーザーズ」を少し彷彿としました。

この映画のドキュメンタリー映像を少し見たのですが、その際、今敏監督から「ディティールをディティールで書きつぶす」という指示があったそう。

そして本作はそれより前に作られているんですが、はっきし言ってこの映画のディティールはヤバすぎます!細部まで事細かに表現され尽くしています!

冒頭の超近代的巨大都市国家メトロポリスの全景の華麗なる荘厳さ、地下に行くにつれての細々とした生活感溢れる集合住宅地域、そしてラストの暴走し崩壊するメトロポリス等、挙げだすとキリがありません!

そこに、手塚治虫作品の初期のようなキャラクターデザインが絶妙にマッチ!この原作となった漫画は1949年に作られてますから、そこをしっかり押さえてるんですね。また手塚治虫は新しい技術に興味を持つはずという考えから、3DCGも多用されています。

この恐ろしい程緻密に作られた映像は世界でも高く評価されています。例えば、ヒゲオヤジが手帳を読むシーン!めくったページが後戻りし、もう一度めくりなおすというそこまでやるか⁉という映像は驚嘆されたそう。確かにあんなにリアルな風景、実写でも中々再現できないでしょう。アニメだからこその、実写を超えてよりリアルなものが展開されているんです!

人間とは何か。ロボットとは何か。深遠なテーマは絶品!

この映画は手塚治虫の漫画を原作にしていますが、全てを再現しているわけではありません。もともとのSF映画の方からもうまくエッセンスを取り入れています。

SF映画からは労働者らの反乱を、漫画からは人造人間の要素を主に取り入れられています。他にもこの二つからは取り入れられていますが、さらにそこから、手塚治虫の後の作品「鉄腕アトム」の要素も取り入れていると思われますね。

これにより、驕り高ぶる人間の浅ましさと恐ろしさ、自らを作った人間に壊されるロボットの儚さと怒り、人間とは、人造人間とは果たして何なのかという、深遠なる人間ドラマが編み出されているんです。

これは同時期に公開された、スタンリー・キューブリック原作、スティーブン・スピルバーグ監督のSF映画「A.I.」と比較されることが多く、比較的本作の方がより評価を受けています。

音楽の使い方が抜群!ジャズを基調にした粋な音楽!

僕がこの映画を好きになった理由の一つが、この映画の劇伴がジャズだということ!

オープニングの超近代的なメトロポリスの全景を映す時、普通なら壮大な感じを醸し出す荘厳な音楽でもおかしくないのに、少しオールドめのスイングが聞こえてきたとき、思わず笑顔になりました!最高!この映画の近代感と、原作漫画や映画が古いのをうまく掛け合わせたような雰囲気を、上手くジャズで再現されています!

カンティーナ酒場じゃないけど、やっぱこう意表を突く感がないとね!もう見てる間中これだけでもう大興奮!一気に映画に引き込まれました!

そして最後のジグレットの崩壊、そこに流れてくるレイ・チャールズの「I Can`t Stop Loving You」…!完璧ですよこれは…!素晴らしい対位法、思わず感動して涙が出ました…!めちゃくちゃカッコいい…!もうこれだけでも満点ですよ!

是非とも観る際は、音楽も注目してください!

ここに注目してみて

ここからはこの映画にまつわる話や、原作についても少し触れますね。

りんたろうと大友克洋

この映画の監督と脚本のお二人。お二人は実はこれより前の作品である198年のアニメ映画「幻魔大戦」で、監督をりんたろう、キャラクターデザイン・原画を大友克洋でタッグを組まれていました。

またこの時の経験がきっかけとなり、大友克洋先生は本格的にアニメーション制作を始め、その5年後の1988年にあの傑作「AKIRA」を作り上げることになるんです!

手塚治虫の原作と1927年の映画

マンガ版「メトロポリス」は、1927年の映画「メトロポリス」のアンドロイドの写真を見たことで作られました。映画は見てはいないそう。なので映画版とは大きく異なるんです。

太陽黒点の影響で地球上にまきおこる騒動を描いた近未来SFです。19XX年、太陽に異常な大黒点が発生しました。そのころ、秘密結社レッド党は人造細胞を研究中のロートン博士に、人造人間を造らせました。博士は、レッド党が人造人間を悪だくみに利用しようとしていることを知り、ひそかに、そのミッチイと名づけた人造人間をつれて逃げ出します。しかし、博士はレッド党に見つかって殺されてしまいました。その現場に居あわせた私立探偵のヒゲオヤジは、ミッチイを引き取って育てることにしました。ところが、ミッチイはふとしたことから自分が人間でないことを知り、悪の手先として造られたことに怒って、ほかの人造人間たちとともに人間への復讐をしようとするのでした。

(手塚治虫 TEZUKA OSAMU OFFICIALより)

また、1927年の映画はこのようなストーリーになってます。

2026年、ゴシック調の摩天楼がそびえ立ちメトロポリスと呼ばれる未来都市では、高度な文明によって平和と繁栄がもたらされているように見えたが、その実態は摩天楼の上層階に住む限られた知識指導者階級と、地下で過酷な労働に耐える労働者階級に二極分化した徹底的な階級社会だった。ある日、支配的権力者の息子・フレーダーは労働者階級の娘マリアと出逢い、初めて抑圧された地下社会の実態を知る。

「脳と手の媒介者は、心でなくてはならない」

マリアが階級社会の矛盾を説き、「脳」(知識指導者階級)と「手」(労働者階級)の調停者「心」の出現を予言すると、労働者達にストライキの気運が生じる。マリアはフレーダーがまさに調停者になる存在であると見抜き、フレーダーもまた美しいマリアに心を奪われる。この様子を知ったフレーダーの父であり支配的権力者のフレーダーセンは危機感を抱き、旧知の学者のロトワングに命令してマリアを誘拐させ、マリアに似せたアンドロイドを作り出させる。このアンドロイドをマリアとして地下社会へ送り込み、マリアが作りだした労働者の団結を崩す考えである。しかし、かつてフレーダーセンと恋敵であったロトワングが影で意図したのは、フレーダーセンが支配するメトロポリスそのものの壊滅であった。

(Wikipediaより抜粋)

このストーリーを見てもらうとわかる通り、1927年版とは大きく異なるんですね。ただ、作られたアンドロイドは悪の意図して作られたといったり、リンクしているところがあるのも面白いところ。

また、マンガ版では最後に、ナレーターでもあるベル博士が読者にこう語りかけます。

おそらく、いつかは人間も、発達しすぎた科学のために、 かえって、自分を滅ぼしてしまうのではないだろうか?

(手塚治虫「メトロポリス」より)

このテーマが、アニメ版にも影響を与えていますね。

このマンガ版「メトロポリス」は、1948年「ロストワールド」1951年「来るべき世界」と共に、手塚治虫の初期SF三部作と呼ばれています。

あまりヒットしなかった?

この映画は2001年5月26日に封切られたのですが、興行収入は7.5億円ほど。そこそこヒットはしていますが、製作費が10億円ということから考えたら赤字です。

さらにアメリカでは、公開の直前に9.11同時多発テロが発生したことで、クライマックスのジグレットの崩壊がワールドトレードセンターのツインタワー崩壊と類似があったため、アメリカでも興行収入は伸びなかったそうです。そもそも5年前から作られていたので、ある種の予言かもしれませんね。

ただ、企画・製作の丸山正雄さんは、かねてからの手塚作品への思いを手掛けることが出来たから、最も心に残った作品になったそうです。

なんでしょう、こういう映画こそしっかりヒットしなければいけないのですがね…せっかくの日本の技術が…これからもアニメ映画はしっかり注目していかなければいけませんね!

解説&考察

ここからはこの映画に関する解説と考察を少しですがしていきます。

ジュール・ミシュレ(Jules Michelet)

この映画は、まずこの言葉から始まります。

すべての時代は続くものを夢見る

(映画本編より)

これはジュール・ミシュレという、19世紀のフランスの歴史家の言葉です。彼は1830年の七月革命、1848年の二月革命という二つの革命を生きた方で、民主主義的・反教権的な思想を持っていたそうです。

この映画の一つのテーマとして、1927年版と共通する要素を持っているのは、民衆による革命です。地下に住む多くの民衆が、メトロポリスを変えるために蜂起しますね。これは1927年版の重要なテーマであり、それを更に辿るとこのフランスの革命に繋がるんです。

そして、七月革命には皆さんが一度は見たことあるでしょう、ウージェヌ・ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」の絵が有名ですね。

このアニメ版では、地下の住居に隠れているとき、肩にハトが乗せて日の光を浴びたティマを見て、「天使みたい…」と感嘆するシーンがあります。この後ティマは神となりロボットを導くことになるので、このシーンはドラクロワの絵画から来ているでしょうね。

ラッダイト運動

1927年版は、資本主義と共産主義の対立を描いたものになります。アニメ版では、ロボットによって仕事を奪われた人間とロボットの対立が描かれています。

このロボットのへの破壊行為は、1811年から1817年ごろに起きたラッダイト運動というものが根底にあります。

ラッダイト運動は、イギリス中・北部で起きた織物工業地帯で起きた機械破壊運動のこと。産業革命によって普及された機械によって、失業を恐れた手工業者や労働者が起こしたんです。

まさしくアニメ版で描かれる地下の民衆のデモと一致しますね。ZONE-1に住む下級労働者や失業者達は、ロボットを壊し、レッド公を引きずり降ろそうとします。これは先に述べた映画「A.I.」にも共通のシーンがあります。

最近でも、キャッシュレス等のフィンテックやAIやロボットの進化に対して、技術革新や高度情報化社会に反対し、それらを阻止しようとする人たちの思考を「ネオラッダイト」と呼ばれてきています。AIによって仕事がなくなるといった話も聞きますね。技術革新が進んできている今だからこそ、この映画のような未来になっていくのかもしれません。

マルドゥク党

恐らくこの映画をすごく歪にしているのは、このマルドゥク党のロックとティマの関係だと思います。

ロックはレッド公の養子で、レッド公の私的組織・マルドゥク党のリーダー。ロボットの地位向上を阻み、ロボットの暴走や越権行為に対して容赦なく破壊します。

一方ティマは、レッド公の亡き娘をモデルに作られた人造人間。この辺りは「鉄腕アトム」と同じ背景を持っていますね。レッド公はさらにこの人造人間を用いて、世界を支配しようと目論んでいて、そのためにティマに執着しています。

養父の愛を受けられないロックは、一方的にロボットを憎み、ティマを破壊してレッド公を崇めようとします。

この歪な三角関係は、映画「A.I.」でも、母親とアンドロイドのデイビットと息子のマーティンの関係のように似たところがありますね。

マルドゥクというのは、バビロニアの神の名前です。古代からバビロン市の守護神とされていました。しかしその後、バビロン市の隆盛と共に神格が上がり続け、「目には目を」の法典でお馴染みハンムラビ王の時代に神々の王として最高神に祭り上げられました。

まさしく、ロックの思想はここを基に作られているんですね。もしかしたら、レッド公を神とし自らをも神格化しようとしていたかも…どちらにせよ、異常な愛情です。

更に僕は、このロックにはさらにモデルがあると思いました。それは、彼の行為と服装です。ロックはロボットを憎み、壊します。そして赤い服を着ていますね。他の党員もそうですね。

これはレッド公の名の通りレッドなのもあると同時に、1927年版の共産主義機械打ちこわし運動のラッダイトが掛け合わさったものなのではないでしょうか。

1927年版では、アンドロイド・マリアの扇動によって暴徒と化した民衆が、メトロポリスを破壊します。それによって地下に住む居住区、つまり自分たちの住む家や子どもたちをも巻き込んでしまうという、自らの首を絞める行為になってしまうんです。ロックらマルドゥク党も、散々ロボットを壊した挙句、ジグラット崩壊をも招いてしまいます。この映画において、最も救いのない卑劣感であるということなんです。

ちなみに、ロックの由来は手塚治虫の作品の名物キャラクターであるロック・ホームから来てます。

ジグラット

ジグラットとは、この映画にも象徴的な超高層ビル。レッド公が建設したメトロポリスのシンボルマークである一方、内部にオモテニウム発生装置があり、最上部には支配者の椅子のある超人の間というのがあります。このオモテニウム発生装置は、太陽の黒点を操作し、地球上に磁気嵐を発生させる強力な兵器です。これによってロボットを暴走させることで、レッド公は世界を支配しようと目論んでいます。

これは劇中でも語られている通り、バベルの塔という有名なお話に基づくもの。これは神話の話だという説もありますが、一部では紀元前6世紀のバビロンのマルドゥク神殿に築かれたエ・テメン・アン・キのジッグラトの遺跡と関連付けた説というのもあるそう。実在のものだったかもしれないということですね。また、ジッグラトとは聖塔という意味です。

バベルの塔について簡単にまとめると、全ての地で同じ言語が用いられていた時代に、人々が自分たちの名誉を刻むために天高い塔を作ろうとします。神に近づこうとする人間の傲慢な振る舞いに怒った神は、人間たちの言葉をバラバラにして、通じない言葉をしゃべらせます。人々は互いの言うことが理解できなくなり、やがて塔の建設はままならなくなり、やがて塔は崩れ人々は世界各地に散らばっていく、というお話。

まさしくこの通りのような存在としてアニメ映画でもありますね。このバベルの塔は1927年版にも同じ描写があり、そこでは何と1500人のエキストラを用いて撮影された圧倒的なシーンでもあります。

アニメ版では、その豪華絢爛な装いだけでなくその裏に組み込まれたレッド公の、人間の業を詰め込んだような仕様になっていて、まさしく伝説のバベルの塔のよう。

さらにこのバベルの塔は、人間たちが天に近づく目的で作られてます。この「天に近づく」という行為を、アニメ版ではさらに生々しく語られています。

この「天に近づく」というのは、神になるということ。人間は高度な科学技術の発展の末、自らが神となるという傲慢な道に突き進むというもの。まさしく、マンガ版のラストに読者に問いかけられた、手塚治虫の言葉通りになっているんですね。

ロボット

そして、マンガ版から影響を受けているのは、ティマをはじめとして出てくるロボットたちです。この映画では、ロボット刑事の803-D,R-P,D.M.497-3-Cことペロや、清掃ロボットのアルバートⅡ号のフィフィなど重要なロボットたちがいくつかいますね。

まず、このロボットたちは推測するに、ロボット工学三原則というものが根底にあると思われます。これは、SF作家のアイザック・アシモフが「われはロボット」という短編集で提言された、ロボットが従うべきとして示された原則。後の作品に多大な影響を及ぼしただけでなく、現実のロボット工学にも影響を与えています。また、この短編集は後にウィル・スミス主演で「アイ、ロボット」という題で2004年に映画化されています。

第一条:ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

第二条:ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

第三条:ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

アイザック・アシモフ「われはロボット」より

この三原則によって、ミステリーの構成要素が組み込まれるだけでなく、ロボットやサイボーグのアイデンティティや人間との接し方へのジレンマを生み出したりするなど幅広い材料になっています。手塚治虫の「鉄腕アトム」のロボット法にも影響を与えています。

この三原則があるからこそ、ペロは民衆を前にしても手を出さず、ティマはロックに対して銃を撃てず、フィフィはケンイチたちに優しいのです。だからこそ、この三原則を超えたときのロボットたちは悲しくも恐ろしいんです。

この三原則がある限り、ロボットは人間に危害を加えません。なのに、ある一方の人間どもはロボットを酷使し、もう一方はロボットを憎んで壊すんです。絶えずロボットを人間の下位とみなし続け、地位の向上を謳っただけで破壊されます。ロボットからしたら、たまったものじゃありません。しかしロボットは、人間に歯向かうことが出来ないんです。ティマが来るまでは。

ティマ

ティマはこの映画内の唯一のアンドロイドで、ほとんど人間です。ちなみにマンガ版ではミッチィという両性具有のロボットとして描かれてますが、アニメ版ではそこはレッド公の亡き娘がモデルということになっています。これは「鉄腕アトム」の天馬博士とアトムの関係と同じですね。

このティマは一番最初に「ワタシハ、ダレ…」というセリフから始まります。そしてこれは、この映画のもう一つのストーリーであるティマのアイデンティティの探求の始まりでもあります。

そして、このティマには確実に「ブレードランナー」のレプリカントが影響を与えています。

レプリカントは「ブレードランナー」に登場する人造人間の総称。クローン技術の細胞複製という言葉のレプリケーション(Replication)から来ています。

彼らは外見は人間で、人間を超える身体能力や高い知性を備えています。しかし、4年の寿命設定が設けられていて、人間の代わりに宇宙開拓の前線で過酷な重労働や戦闘に従事しています。そんな彼らにはやがて感情が芽生え、主人たる人間に反旗を翻し、地球に潜伏するんです。特に映画では、レプリカントのリーダー、ロイ・バッティが強烈な印象を与えています。「雨の中の涙(tears in rain」に代表される最期のセリフは素晴らしいです。

見た目からしても人間と変わらず、さらに人間よりも優れているレプリカント。ここまでくると、果たして人間とは何なのか、分からなくなってきますね。

このアニメ版のティナは、ロボットであると言われるまでは人間にしか見えないし、彼女自身もそう思っていました。そして彼女は他のロボットと違い、感情があります。この感情によって、ケンイチとティマのラブストーリーとしても描かれていますね。レッド公に引き渡された後、自身の部屋の壁一面に「ケンイチ」と書いてるのは面白いし怖いです。

そしてこの感情によって、彼女が出したある答えへと導かれるのです。

超人の間

これは映画の冒頭におそらく出てて、クライマックスの舞台となる場所。

これは、人造人間のティマが使用することで強力な武器となり、世界を支配することが出来る程の力を持ちます。このために、レッド公はティマに固執していたんです。

ティマは、レッド公の亡き娘がモデル。つまり、自分の娘を自身の手先として使役する、実は恐ろしくエゴイストなんです。そういえば、ロックもそうですね。なので本来は、ティマを自身の娘として教育し、自らの意思でこの超人の間に座らせるつもりだったんでしょう。

しかし思惑は外れ、ティマはケンイチと共に、このメトロポリスの真実を見てきました。追いやられる労働者たち、それに恨みを買われ壊されたロボットたち、自身を執拗につけ狙うロック、ロックに酷い目にあわされるケンイチ…メトロポリスの負の面をずっと見てきたんです。

それに加え、ティマ自身もアイデンティティを揺さぶられます。記憶を無くした人間の少女だったのが、ロックやレッド公によって、人間ではなく人造人間であること、ジグレットの武器であることが矢継ぎ早に明かされ、彼女は何者なのか分からなくなります。

私は誰なのか。何故こんなことになったのか。何のために生まれたのか…超人の間の椅子に座ったことで、彼女は覚醒します。そして、一つの答えに辿り着くんです。

人間は必要じゃない。

バベルの塔が神の怒りに触れたのです。そして、駆逐されるべきは、ロボットを弄んだ人間である、という答えを導き出し、人間に反旗を翻します。マンガ版も、ミッチィがロボットたちと共に復讐します。この超人の間は、まさしく人間が自分たちで作った神なのです。その神が、人間を見捨てる。ターミネーターマトリックスのようでもありますね。

ジグラットの崩壊、メトロポリスの未来

ロボットによる反乱。神による報復。次々と人間は犠牲になっていきます。ケンイチもすんでのところでティマを超人の間から引き剥がしますが、そこにはかつてのティマはいません。ケンイチにも容赦なく手を掛けます。レッド公もまたロボットたちに殺される寸前でした、そこにロックが命からがら来ます。ロボット如きに、父を殺させはしない。そう宣言し、ジグラットを崩壊させるんです。

ここで流れる「I Can`t Stop Loving You」は格別!ロックのレッド公に対する思いや、ケンイチのティマへの思い、メトロポリスへの愛が一塩に溢れています。ここのジグラットの崩壊は、スタンリー・キューブリック監督の「博士の異常な愛情」の影響が見られますね。この崩落のシーンは、美しくも悲しいシーンです。

ここでティマも再び記憶が戻ります。これまでの記憶が戻り、自らが誰なのか分からなくなり「ワタシハ、ダレ…」という言葉を残し、ケンイチの手をすり抜けて落ちていく。ものすごく深いシーンです。というのも、彼女は神となりました。しかしそれは、人間の作ったものです。バベルの塔は、人間の手で作られたもの。これすらも神の怒りに触れ、崩落していく。人間でも、ロボットでも、兵器でも、神でもない。ならば、これまでの私は、一体何だったのか。何故この世に生まれてきたのか。この時の彼女は、誰よりも人間的なんです。誰よりも根源的に本当の自分を欲していたんです。

崩壊したメトロポリスには、崩落から逃れた人やロボットがいます。ここから、今度こそ未来国家が築かれていこうとするんです。ラストに、ティナが大事に持っていたラジオが動き、「ワタシハ、ダレ」とつぶやきます。彼女の魂は、亡くなってはいなかったのです。最早彼女は、新たなひとつの生命体だったのかもしれませんね。

最後に

いかがでしたでしょうか?

今回はアニメーション映画「メトロポリス」の感想と解説と考察でした。

日本が生み出した偉大な漫画家の魂を受け継いだ傑作。是非ともご覧ください!僕もまた、Blu-rayを購入したいと思います!お金が無くなる…

それでは最後までご覧いただきありがとうございました!

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